Groundbreaking 2014 G2R2014 COMPILATION ALBUM
Disc 2
7
HARD RENAISSANCE
作曲・モリモリあつし
小説・宇崎冴香
Play
<NOVEL> 私は川野平子。高校生になったばかりです。 今から寝るところです。でもなかなか寝付けないので、退屈しのぎに自分語りをさせてください。暇なんです。 中学からはいつも一人、というより、人間の友達がいませんでした。 小学生の時に仲が良かった友達も、私が受験したために、別々になってしまいました。それからはずっと地味な人間で、図書室に篭っています。好きな本は、虫の図鑑です。あとは、ファーブル昆虫記もいいですね。 虫って可愛くないですか? 私は可愛いと思うんです。みんな、わかってくれないけど。虫が好きな女子って駄目ですか? 男の子からも見放されて、彼氏ができるなんて夢のまた夢です。あ、でも妄想はしますよ。有り得ない話ですが、同じ時代に生きてたら、ファーブルさんとお付き合いしたかったなーとか。 友達と遊ぶなんてことも、小学生の時以来ありません。小学校四年生くらいまでは、まだ虫をかっこいいって言う男の子もいて、その子と友達になったりしていました。カブトムシちゃん、カマキリちゃん。でも五、六年の頃に、私も含めてキモいって言われてしまって。みんな、離れていきました。女の子友達と最後に遊んだのはいつだったか。ええとですね。その、もう忘れてしまいました。 お洒落をすることもありません。だってどんな服を着ていたって、私の愛する友達は草むらや湿った岩場にいたりしますから、結局は汚れてしまうのです。アリちゃん、ゾウムシちゃん。本を読んだり、小さな彼らとお話をしたり、そんなことばかりしていました。お話っていうのは、指で触って、反応を観察して意思疎通をすることです。できますよ、私。 本や彼らを近くでじっと見ることが多くて、だから視力も落ちて、中学からはメガネをしています。あ、でも目立たない黒縁のものですから、やっぱり全然お洒落じゃないですね。あとは、蝶を追いかけたりする時でも乱れてしまわないように、髪型もずっと後ろで一つに縛っています。他の子みたいに、少し巻いてみたりしても楽しそうだなって思いますけど。きっと私には似合わないです。ガちゃん、バッタちゃん。 高校生になった今も、人間の友達はできないだろうなって諦めています。でもちっとも寂しくないんですよ。ここ大事です。一人でいるほうが、気ままに虫ちゃん達のことを考えられますし。いつでも彼らを愛でることができますから。そっと茂みに入ったりね。一応人目は避けますよ。気味が悪いって思わせてしまうのも、申し訳ないですから。ハチちゃん、蝶さん。 何も知らない人が、友達になろうとしてくれる時があります。しばらくは虫好きということを隠し通せます。でもどこかで、絶対にバレてしまいます。図書室で虫の本を読んでいるところを見られたり、私が我慢できなくなって、「蝶のお腹の美しさ」について語り出しちゃったり。それで終わりです。カメムシちゃん、トンボちゃん。 やっぱり、誰かと一緒だと気を遣っちゃいます。他の人が虫ちゃんを気持ち悪がったり、汚いとかって言うのも、仕方のないことだと思います。人の感じ方は、人それぞれですから。私にとやかく言う資格はありません。何も言いません。アゲハチョウさん、モンシロチョウさん。 だから、どうか私を虐めないでください。虫好きの女の子がいたって、いいじゃないですか。私の自由じゃないですか。なぜ、あなた達は虐めてくるのですか。たくさんの人数で、襲ってくるのですか。私、何もしてないですよ。 ◆◆◆◆ 目が覚めて、辺りを見回す。ここは、いつもの教室だ。私は、いつもの椅子に座っている。 扉が勢いよく開く。そこにいたのは、頭部が大きな唇になっている、人の体をした生き物。何十人もぞろぞろと入ってくる。不思議と驚きはなく、その唇お化け全員に、初対面という印象は受けない。一人ひとりの名前まで、勝手に浮かんでくる。 いきなり、大量のナイフを吐き出してくる。切っ先が迫る。危ないと思った途端、私は舞い上がっていた。飛び上がり、浮遊している。羽だ。私の背中に、蝶のような羽が生えている。キアゲハだ。身長と同じくらいの大きさで、黄色のりん粉を落としながら、柔らかくゆっくりと、ひらひら動いている。ふと、りん分を採取したい気持ちに駆られる。 見ると、ナイフはさっきまで寝ていた机と椅子をぼろぼろにしており、いくつかは壁に突き刺さっていた。 唇お化けが一斉に叫び声をあげて騒ぎ出す。ひどくうるさい。耳を塞いでも、胸に直接響いてくる。痛い。これは、私を否定しているんだ。 でも、やれる。静かに手を下ろして、そう思った。私は今、蝶になっている。 みんなが騒ぐ。私を殺そうとしている。 いいよ。かかってこいよ。今の私なら、全員ぶっ殺せる。 ◆◆◆ 反撃を始める。攻撃しようと思うと、羽は鉄のような光沢を帯び、硬くなった。しかも軽いままで、自由に動く。いい武器になる。 「いくよ」 せーので飛びかかり、唇お化け達を羽で切っていく。大量の返り血が付いたが、それでも殺せる。やれる。少し動いただけで体は高速移動し、あっという間に教室にいた全員の唇お化けを裂いていた。 目をやると、廊下には何百人という大群が待ち構えていた。向こう側の校舎にもびっしりと。近くにいる者がうるさく喚きながらナイフを次々と吐き出してくる。もう避けられないと思えるほどの猛攻、凶器の弾幕だったが、体は自然と回転し、針に糸を通すようにして避ける。進み、敵をぶった切って殺していく。それでも時々、腹や肩にナイフが刺さってしまう。でも速度は緩めない。たまらなく痛くて、倒れてしまいそうになるけれど、それでも飛び続ける。こいつ等には勝たなくちゃならない。勝ちたい。激しい攻撃に負けたくない。殺して殺して殺しまくって、生き残ってやる。廊下でも教室でもトイレでも、殺し続けた。あらゆる場所に奴らはいた。おぞましい数だった。校庭にも充満している。休んでいられない。 何度も涙が零れた。痛いからではなく、なぜか、悲しい戦いだと感じられて仕方なかったからだ。唇お化け達が暴言や悪口を吐き出してくる。涙を流しながら飛び回り、そいつらを切断し続けた。血を流し、死体となって動かなくなる様を横目に。死体の顔は唇などではなく、まさしく人間の顔そのものになっていた。 心と体が痛む。視界が歪む。やらなきゃやられる。生きるか死ぬか。遠慮なんてしてられない。躊躇してたら殺される。つらいけれど、負けられない。やってやる。生きてやる。 戦うんだ。自分自身を、死なせてたまるか。 ◆◆ 屋内、校庭、屋上、全ての場所が、死体で埋め尽くされた。闇に包まれた世界で、校舎は血に染まっている。体育館の上で、世界を見下ろす。全身に返り血を浴びて、羽も完全に赤色になっていた。もう、疲れきってしまった。血の付いた黒縁メガネで、無残な戦場を臨む。硬いままの羽を僅かに揺らして、何とか浮遊し続けていた。着地しようにも、どうしても力が抜けない。緊張状態を嫌でも保ってしまう。体中の傷口はズキズキと痛む。血はとめどなく流れる。戦いが終わったとは到底思えない。 どうして、と耐え切れずに泣いてしまう。両手で顔を覆って強く押さえ込んでも、表情が崩れて嗚咽が漏れる。 戦わなければいけないの? どうして私を虐めるの。虫好きじゃいけないの。耐え続けなければいけないの。戦い続けなければいけないの。 歯を食いしばって、顔を上げる。意思のある強気な目をしてみせたが、羽は相変わらず元気に動かない。地に足を下ろして休むこともできない。体が拒んでいる。白銀のりん粉が、音もなく落ちている。 下から叫び声が聞こえた。見ると、校庭に一人の唇お化けが生き残っていた。そいつは錯乱したようにナイフを撒き散らし、黄金に輝く小さな虫ちゃん、蝶を追いかけていた。その蝶を私と勘違いしているんだ。 「やめて!」 叫び、急降下して一閃。一瞬の内に唇お化けを真っ二つに切り、黄金の蝶を抱き込む。速度を緩めて、地面に着地。胸から手を離すと、蝶は元気そうにひらひらと舞い上がった。 よかった。無関係な虫ちゃんが、殺されては可哀想だ。助けることができて、本当によかった。 蝶は光を撒きながら、上へ上へと昇っていく。光は降り積っていき、やがて世界は輝きに包まれる。 呆然とその様子を眺めながら、夢から覚めるのだと理解した。落ち着いて目を瞑り、時を待つ。もうここに用はない。私には、向こうでやるべきことがある。 それに気付けた今なら、明日が来るのだって怖くない。 夢を見させてくれて、気付かせてくれて、ありがとう。蝶さん。 ◆ 目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。 本棚や机には虫かごが置いてあり、壁には綺麗な虫ちゃんの絵が飾ってある。やっぱり、ここは落ち着く場所だ。 胸に手を当ててみる。私、戦ってた。たくさんの人を殺して、たくさんの死体があって。でも最後は蝶を守りたいって思って、必死に行動した。 そうだ、あの後。私、消えていく中で、これからも虫ちゃんを守ろうって思った。瞬時にある職業を思い出す。中学のときに一度調べて、興味を引かれた覚えがあった。自然保護官。パークレンジャー。国立公園などを守る仕事。思いが溢れて、喜びがわき上がってくる。勢い任せにベッドから下りた。メガネをかける。 でも、どうやってなるんだっけ。難しかったような気がする。 枕元に置いてあるスマホでさっそく調べ始めた。うわ、国家公務員だ。 ドキドキしていた。学校で友達を作っている余裕なんかない。虐められている場合じゃない。頑張って勉強して、虫ちゃんたちを守れるようになろう。生き物を、救えるようになろう。 なりふりなんか構ってられない。さっそく今日は学校で、虐められていることを先生に言い付けてやろう。状況が悪くなって、保健室登校になってもいい。集中して勉強ができるようになれば、それでいい。親を送り迎えに利用してやるんだ。先生をボディーガードに付けてやるんだ。 虫好きの自分が誇らしかった。だからこそ、虫ちゃんを守りたいという気持ちが溢れてくる。それでこそ私だ。自分自身を曲げるつもりなんて、もともと無いんだ。やっと気付けた。友達のためになら、自分勝手に生きてやる。 どう思われようが、私は虫ちゃんが好きで、虫ちゃんたちを守っていきたい。そう心に決めたのだから。人生なんてあっという間だ。早く勉強に取り掛かろう。 私の背中で、見えない羽がひらひらと動いている気がした。 金色の蝶さんのこと、忘れない。
Comments